[十勝] チエル : 「お」
[十勝] チエル : 「おえ…」
[十勝] チエル : 広い北海道の大地を散々駆け回ったチエルは、嘔吐していた。
[十勝]
チエル :
楽しいはずの旅行がこんなことになっている事実。
担任の教師が無惨な姿になっていた事実。
仲間だと思っていた同級生が平然と人を…自分たちを殺そうとしていた事実。
[十勝] チエル : そして
[十勝] チエル : 自分がアズサ達を見捨てた事実。
[十勝] チエル : これらが重く、深く刺さっていた。
[十勝] チエル : 「ごめっ、ごめんなさっ、ごめんなさいアズサちゃんアズサちゃん、ごめ…」
[十勝] チエル : そうやって、しばらく胃の内容物と届きもしない謝罪を吐き出して。
[十勝] チエル : 「なんで、なんでこんな……」
[十勝] チエル : 頭を抱えうずくまる。
[十勝] チエル : そしてそこへ
[十勝] --- : 「は〜い!皆さんおはようございま〜す!!」
[十勝] --- : 「実に気持ちの良い朝ですね〜〜〜!!」
[十勝] --- : 「んなぁ、くぉこで皆さんにお知らせで〜す!!」
[十勝] --- : 「〇山×男」
[十勝] --- : 「〇下△」
[十勝] --- : 「エトセトラ、エトセトラ」
[十勝] --- : 「んぁ〜、以上の生徒とは、んもう、お別れだ〜〜」
[十勝] チエル : 「え…」
[十勝] --- : 「もうくたばったってことだよ」
[十勝] チエル : 「くたば……」
[十勝] --- : 教室でも聞いた、あの非常に不快な笑い声が機械的な変換を挟んだことで、更に異様な雰囲気を増して
[十勝] --- : 「アイツらはぁ、ん先に卒業だ〜〜〜」
[十勝] チエル : 愕然とする。
[十勝] チエル : どの名も昨日まで当たり前のように呼んでいたソレだ。
[十勝] チエル : そして、被害者がいるということはつまり同時に加害者がいるということで。
[十勝] チエル : 吐き気が止まることはなかった。
[十勝]
チエル :
[十勝] 白洲アズサ : 「……随分、走ったな……流石に、疲れた」
[十勝]
白洲アズサ :
はぁ、と息をつく。とはいえ人も少ないだろう。
傷薬を使い、傷を癒しながら。
[十勝]
白洲アズサ :
そして治療途中、山の中とはいえ、スピーカーが設置されている。
どこにも逃げ場はなく、放送は鳴り響いていた。
[十勝]
白洲アズサ :
「……悪趣味だ。…………ん?」
息を吐き、辺りを見回すと。
[十勝] チエル : 「お"え"〜〜〜」
[十勝]
チエル :
チエルが暗がりの木の下、未だにえずいていた。
近寄ってきたアズサの様子に気付きもしない。
もし悪意を持った参加者が来ていたのなら、逃げることも難しい山中だ。きっと、放送の名前の一つに入ることになっていただろう。
[十勝] 白洲アズサ : 「…………ッ!」
[十勝]
白洲アズサ :
「…………そうか。よく……耐えていたな」
[十勝] チエル : 「っ!?」
[十勝]
チエル :
そこでようやく接近者に気がついたのだろう。ビクン、と身体が跳ねて、アズサの方へ顔を向ける。
きっと涙や鼻水で顔は崩れていた。
[十勝]
白洲アズサ :
「……色々あったが、私は……平気だ
あそこでお前が逃げていなければ、それ以上が起きていたかもしれない」
[十勝]
白洲アズサ :
「言えていなかった。……ありがとう」
頭を下げながらも、無理には近づかない。
驚かせてしまうかもしれない……と、内心抱えつつ。
[十勝] チエル : 「あ、あ」
[十勝] チエル : 「アズサちゃん…!!」
[十勝] チエル : しかしチエルは、相手がアズサだと見るや否や、飛びつくように抱擁を…つまりはハグをするために走り出す。
[十勝] 白洲アズサ : 「…………!?」
[十勝] 白洲アズサ : その不意な行動に思わずリアクションも取れず、そのまま抱擁を受ける。
[十勝]
白洲アズサ :
「なっ、わ、私は……危険かもしれないぞ!?」
戸惑いのあまりそう言いながらも。
[十勝] チエル : 「ご、ごめっごめんっ、き、昨日逃げちゃって、それで」
[十勝] 白洲アズサ : 「…………」
[十勝] チエル : 「それでっずっと、ずっと心配で、で、でも怖くてずっと山の中でっ」
[十勝]
白洲アズサ :
「…………いいんだ。
私はこの通り平気だ。それに……チエルも、頑張っていたんだからな」
[十勝]
白洲アズサ :
戸惑っていたがその声色を聞いて、こちらからも抱擁を返す。安心させるために。
……それと。
[十勝]
白洲アズサ :
「……チエルはこうして、こんな陰鬱な山の中生きていたのだろう。あんな放送の中、たった一人で
それは間違いなく、賞賛されるべきことだ」
[十勝] チエル : ぐずぐずになったチエルは、安心させてくれるような言葉をかけるアズサに抱きついたまま、ようやく少し落ち着き
[十勝] チエル : 「ありがとう…ありがとうアズサちゃん…」
[十勝]
チエル :
アズサから離れると涙を啜り…そして、この状況に必要な事柄について頭を回し始めて。
「せ、先生たちは…?」
と問う。
[十勝]
白洲アズサ :
「…………私を執拗に追いかけていた桐山が追ってこない。
となれば、副担任先生が足止めをしてくれる……ということだろう」
[十勝] チエル : 「……そっ…か…」
[十勝] 白洲アズサ : 「……アイツは、命が平等であると言いながら、殺すための理由を探していた」
[十勝] 白洲アズサ : そして、アズサは自らの首輪に触れて。
[十勝]
白洲アズサ :
「アイツが殺すのは、理由があるからだ
だから、その理由をなくしてやればいい」
[十勝] 白洲アズサ : 「私たちを不自由にする輪を取り除き、みなでここを抜ければいい」
[十勝]
チエル :
「……そ、そんなことが…?」
自らも恐る恐る首輪に触れ…はしない。
確か、企画説明書の中にはこれが爆発物であることが明記されていた。
[十勝] 白洲アズサ : 頷く。これがある限り、私たちは見世物として戦わなければならないのだろう。
[十勝]
白洲アズサ :
「だが、チエル。
もしお前がこの首輪を外せたなら、その船でここを出るといい。
桐山以外にも、危険な物は幾つもある」
[十勝]
白洲アズサ :
麻衣と名乗るネジの抜けた女が襲い掛かる可能性。
本部とやらが逃亡を危惧して命を奪う可能性、などきりがない。
[十勝] チエル : 「ち、チエルはって…」
[十勝] チエル : 「………」
[十勝] チエル : 危険の数々のことは当然頭の中の最重要懸念事項として置かれている。
[十勝] チエル : 「……それなら、アズサちゃんはどうするんです?」
[十勝]
白洲アズサ :
「……まるゆ、澤永、メロドン、副担任
巻き込まれた仲間は数多い」
[十勝]
白洲アズサ :
「全員の判断を聞くまで、私は残るつもりだ。
桐山も、麻衣とやらも……同じくな」
[十勝] チエル : 「そ、それじゃ───」
[十勝] チエル : チエルが、何やらの言葉を返そうとした時
[十勝] --- : 「んあ、あーあー、あ、マイクテストォ〜マイクテストォ〜」
[十勝] --- : 「今日はぁ、皆さんに特別なお知らせが〜ありまぁす」
[十勝] --- : 「副担任の、えー、あの、ホラ…名前は忘れちゃいましたけど、彼が、無事転勤の運びになりましたぁ」
[十勝] チエル : 「……え?」
[十勝] 白洲アズサ : 「………………な……?」
[十勝] 白洲アズサ : その言葉に、思わず、足が揺らぐ。
[十勝]
--- :
「先生な、誰か1人の生徒を特別扱いはしないんだけど」
「相手が副担任なら話は違うもんなぁ」
「以上、特別放送でしたぁ」
[十勝]
白洲アズサ :
再会して助けられたのは、何もチエルだけではない。
名の知れたクラスメイトが、次々放送で読み上げられていく。
アズサも、少し慣れているだけの、ただの高校生だ。
[十勝] 白洲アズサ : それでも、諦めてはならない。その信条だけで、雪に踏み込んでいたが。
[十勝]
白洲アズサ :
「……本当に、か……?
……桐山………?」
[十勝]
白洲アズサ :
「…………ッ……」
脂汗を浮かべる頭を抱える。
呼吸が荒くなる。どくどくと、鼓動が早まってしまう。
[十勝] チエル : 副担任は、言うまでもなく大人だ。
[十勝] チエル : こんな状況になっても、心のどこかで「先生なら助けてくれる」と、そんな精神的な支柱へと勝手に仕立て上げていた。
[十勝] チエル : それが失われたということは
[十勝] チエル : チエルの中の何かを壊すには十分であった。
[十勝] チエル : アズサの手を握る。
[十勝] チエル : 「ダメっ!ダメっ!絶対…絶対ダメです…!」
[十勝] チエル : 「早く……」
[十勝] チエル : 「早く、逃げないと!!!!!」
[十勝] 白洲アズサ : 「……ッ、チエル……!?」
[十勝]
白洲アズサ :
少女の手は、強く、とても強く。
呆気に取られているアズサを引っ張っていくには十分だった。
[十勝]
白洲アズサ :
それほどに……チエルは、追い詰められている。
私が……何も出来なかった……からだ……ッ!
[十勝] チエル : 「私には、何が正しいとか!そういうの!もう分かんないけど!」
[十勝] チエル : どこへともなく、走り出しながらチエルは叫ぶ。
[十勝] チエル : 「アズサちゃんがこれ以上怖い思いをする必要なんて!どこにもないです!!」
[十勝]
白洲アズサ :
「…………っ!
………………チエル……」
[十勝] 白洲アズサ : ……いや。
[十勝] 白洲アズサ : 追い詰められていたのは……私の方だった。
[十勝]
白洲アズサ :
私は……バカだ。
チエルはこんなにも強い力で……前に引っ張ってくれている。
[十勝] 白洲アズサ : 友達のことを、信じられない……なんて。
[十勝] 白洲アズサ : 「……すまない。…………ありがとう」
[十勝]
チエル :
「お礼なんて…っ」
この極限状況で何かがおかしくなったのか、先ほどまでうずくまっていたチエルは狂ったように足を回し
[十勝] チエル : 「生きて帰ってからにしよう…!」
[十勝]
チエル :